仙台高等裁判所 昭和26年(う)182号 判決
そこで、誤想防衛の主張について考えるに、文男が短刀を持つていたとすれば、更に同時に鎌をも用意して切りかかるということは、むしろ、異例であつて、被告人の右弁解は不自然であり、しかも、原審公廷に於て始めて主張した弁解である点からみても、輙く措信し難い。よし、文男が立上つて挑んできた瞬間には、短刀を持つて立向つてきたものと誤信したとしても、被告人が同人を組伏せて絞めに入つた時には、既に、同人が短刀を所持していないことが判明したことは、藁科太仲、藁科つねよの各司法警察員及び検察官に対する供述調書の供述記載並びに原審第五回公判調書中被告人の供述記載の一部に徴し、之を窺うに十分であるから、文男が短刀を持つているものと誤信した結果、同人を絞め続けて窒息死に致したものとは、到底考えられない。
次に、盗犯等の防止及処分に関する法律第一条第二項の主張について考えるに、再び立向つてきた文男が兇器を所持していないことは、同人を組伏せて絞めに入つた時既に判明したものであること前記のとおりであり、藁科つねよの司法警察員及び検察官に対する供述調書の供述記載によれば、文男が再び被告人に立向い、被告人が同人が組伏せて絞めに入り、上になり下になりながら絞めの手を緩めず、同人の抵抗がなくなつて絞めの手を放すまで、大約二十分以上も経過していることが窺われ、藁科太仲の検察官に対する供述調書及び原審証人藁科太仲に対する原審尋問調書の各供述記載によれば、その間父親たる太仲は、被告人が文男を絞めている所へ行つて、被告人に対し、「いつまでもそんなことをしていると、死んでしもうぞ」と注意していることが認められる。右の如き事情の下に於ては、被告人が当初は興奮していたとしても、前記法律第一条第二項に所謂「興奮又は狼狽に因り」、文男の頸部を絞め続けて遂に窒息死に致したものとは認め難い。
(中略)
被告人が文男を宥めつつ父の寝室から廊下へ連出すや、文男が、やにわに、附近に匿して置いた鎌を取つて切りかかつてきたので、とつさに、鎌を持つた同人の手を、柔道の手で捉え捻じて、同人をその場に倒し、鎌を奪取るや否や、興奮と憤激の余り、その鎌で同人の頭部を数回殴打した所為は、まさに、正当防衛であることは疑を容れない。そして、被告人が、殆んどその次の瞬間再び立上つて挑んできた文男を、組伏せて絞めをかけたことは、最初の防衛行為の継続であり、遂に、文男の抵抗力を全く抑圧しようとするの余り、絞めの手を緩めず、知らず識らず、同人を窒息死亡せしむるに至つたものであると、みるを得べく、只、前叙の如き文男が既に兇器を所持していないことが判つたものであること等の点からして、被告人の行為は正当防衛の程度を超えたものと認めるのが相当である。
(後略)